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ワット・パイロン・ウアの続きを、ごゆっくりとご覧ください。



これは涅槃仏ではなく、釈尊のご休息の時のお姿です。足の形で判断すると間違いありません。





お釈迦様の御休息の光景と思われるお姿のアップです。上には涅槃図が吊り下げられています。


釈尊最後の旅を語る大パリニッバーナ経には、弟子のアーナンダと共にマンゴー園で休息される様子が書かれています。



釈迦の御休息の模様の像の足にご注目ください。涅槃仏のように足が揃っていません。





これはバンコクにあるワット・ポーの涅槃仏です。涅槃仏は足が揃っており、かつ偏平足です。


仏の三二相というのがありますが、その中に 「 足の裏が肉付きがよく平らで凹所がない 」 とあります。



寝仏または寝釈迦と呼ばれるミャンマーの仏のお姿をご覧ください。


ミャンマーのバゴーにあるシュエターリャウン寝仏です。寝釈迦と呼ぶ場合もあります。



シュエターリャウン の寝仏または寝釈迦と呼ばれる像を位置を移動して撮ったところです。


これらの写真は、関係するところで重複掲載されていますので、ご承知置きください。



寝仏または寝釈迦の像の足にご注目ください。涅槃仏のように足が揃っていません。


仏の三二相には、「足の裏には千輻輪(千本の車の輻{や})があるごとき車輪の文様がある」とあります。



これもミャンマーの寝仏または寝釈迦とよばれる像です。私たちの仏様とは随分違った感じです。


ミャンマーのヤンゴンにありますチャウッタヂー・パヤーの寝仏または寝釈迦と呼ばれるお姿です。



ヤンゴンにある チウッタヂー・パヤー の寝仏または寝釈迦と呼ばれる像を移動して撮ったところです。


これらの写真は、関係するところで重複掲載されていますので、ご承知置きください。



これも上記の寝仏または寝釈迦と呼ばれる足の形です。やはり涅槃仏のように足が揃っていません。


三二相で、「足の裏には千輻輪(せんぷくりん)があるごとき車輪の文様がある」 の通りです。

何気なく見過ごしてしまうこともあるのですが、涅槃仏と寝釈迦とでは足の形が異なるのです。



境内には中央に立つ遊行仏を中心に、夥しい数の仏像が安置されています。





この写真は遊行仏の後ろから撮っています。遊行仏の前には大仏様の後ろ姿が見えます。





遊行仏の近景です。





遊行仏の斜め真下から撮りました。





これはミャンマーとの国境を接するターク県で見かけた遊行仏です。





これは遊行仏の後ろ姿ですが、釈尊が迷える人々のところへ寄って行く姿をとらえたものです。





これはシーサッチャナライ遺跡にある ワット・マハタート にある遊行仏です。





ワット・マハタートにある遊行仏のお顔のアップです。タイにおける遊行仏の傑作です。





これはスコータイ遺跡公園にある遊行仏です。遊行仏はタイの各地でみることができます。





これもスコータイ遺跡公園にあるワット・マハタート横に立つ遊行仏です。





これもスコータイ遺跡公園のワット・マハタートの仏塔の台座に掘られた沢山の遊行仏です。





大仏様の後ろと遊行仏の周りには、夥しい数の仏像が並んでいます。





よくもまあこれだけの仏像を造ったものだと感心させられます。





どうぞ沢山の座像をごゆっくりご覧ください。





少しだけ位置を変えて撮ったものです。





夕闇迫る中で境内を巡りながら撮っています。





大小様々な仏像が並んでいます。右端に僅かですが本堂の屋根が見えています。





仏像の印もいろいろです。





台座も大きさがまちまちです。





とにかく沢山の仏像には驚かされます。





仏像の後ろには、仏塔も見えます。





大仏様の後ろには沢山の仏像が鎮座しています。





座像の間から眺めた仏像群です。





どうしてこの寺には、このように夥しい数の仏像が鎮座しているのでしょうか。





大きさや色の違う仏像が鎮座しており、後ろには仏塔もそびえます。





境内は座像であふれています。





沢山の座像群ですが、一体ずつ見ますと、台座に銘板のようなものがみえます。





ちょっと見にくいですが、やはり銘板のようなものがみえますね。





とにかくこの寺には沢山の仏像があることがおわかりですね。





よく見ると、座像の台座に顔写真がみえます。





台座のアップですが、顔写真が飾られていますね。





実はこれらの仏像群はお墓なんです。





座像の後ろですが、ここにも故人の顔写真をみることができます。





座像の後ろのアップです。





仏像の台座にはめ込まれた故人の遺影です。これでお墓だとわかります。





日本のお墓の石塔が、一つ一つの仏像だと思えばいいと思います。





台座のレンガがむき出しになったものもありますが、銘板があることがわかります。





一番右の座像は、説法する釈迦像といわれるものです。





説法する釈迦像といわれるもののアップです。





池越しに眺めた説法する釈迦像の辺りです。遊行仏も見えます。





まだ歴史の浅いお寺ですので、境内には沢山の若木が植えられています。





タイには多くの中国系タイ人がいますが、ミャンマーとの国境を接するターク県で見た彼らのお墓です。





タイ人のお墓とは随分違うことがわかります。ここでは土葬です。





中国系タイ人のお墓の正面です。





こういった中国系タイ人のお墓もあります。タイ人は本来お墓は持たなかったようです。





ワット・パイロン・ウアに戻りまして、若木の植えられた境内にそびえる大仏様の後ろ姿と仏塔です。





境内にはこのような仏塔もあります。





仏塔へ少し近づいてみました。





仏塔の周りには小さな仏塔が幾つも並んでいます。





仏塔を横から眺めました。内部の撮影は時間がなくできませんでした。





2011年に再度訪問しましたら、このお堂が立派になっていました。





仏塔へ少し近づいてみました。





仏塔の中には仏像が安置されていました。





これが仏塔の中に安置されいる仏像のアップです。





仏像の並ぶ向こうに本堂の尖塔がみえます。





仏像群の左側に本堂の尖塔がみえます。





色や形の違う沢山の仏像の向こうに本堂がみえています。





仏像群の後ろに建つ本堂の遠景です。





本堂をバックにした仏像群です。





ワット・パイロン・ウアの本堂です。





尖塔が幾つも立つシンメトリー(左右の釣り合いがとれた形式)の構造です。





本堂へ少しだけ近づいたところです。





本堂の中央部へさらに近づいたところです。





屋根の中央にある尖塔大写しです。





タイ様式の寺の見事な造形美です。





本堂正面の大写しです。無粋な拡声器が設置されています。この辺りがタイらしいところです。





本堂の正面立つ小さな仏塔の様子です。大きな拡声器がみえます。





正面に向かって右側の様子です。





正面に向かって左側の様子です。





本堂の前に建つ典型的なタイ様式の寺の屋根の様子です。手前はベランダのようになっています。





夕暮れの中で眺めた本堂でしたが、素晴らしい造形美に圧倒されました。





夕暮れでしたので内部へ入ることはできませんでした。午後からは本堂の扉を閉める寺が多いです。





田舎町にも関わらず、浄財でこのような立派な寺が建ったとは驚きでした。





本堂への出入り口の様子です。次回行くことができたなら、内部もみてみたいと思いました。





本堂の屋根の下へ入ったところです。回廊のようになっており実に色艶やかです。





本堂のベランダから眺めた境内の様子です。大仏様や仏塔が目に入ります。





梵鐘もありましたが、真鍮のような感じですが、実際に打つのでしょうか。





屋根のあるところの仏です。 二体が前後しての荘厳は は、タイではよく見かける形式です。





菩提樹が何本も植えられていますが、やがて木が生長し一本の木のようになります。





トタンぶきの屋根の下の仏様です。高僧の像も安置されていますが、タイではよく見かける光景です。





立像の後ろには、大きな大砲の玉のような物が置かれていましたが、これは何でしょうか。





ここからは、この寺の境内にあった地獄の様子をご覧いただきます。





私たち日本人の地獄観とタイの人々の地獄観とを比べてみてください。





釜ゆでの場面です。





釜ゆでの場面の近景です。私たち日本人の地獄観と比べてどうですか。





大きな手を持つ者が、この手で食べ物を自分の口へ持っていくことはできません。まさに地獄です。





後ろ手に縛られた女性が舌を抜かれているところです。





尖った先が体を突き破り、内臓をカラスが食べています。





棘の生えた木に登らされ、弓矢で狙われています。





凄惨な地獄の様子が続きます。





槍で刺されたり頭は馬の姿に変えられた者もいます。盂蘭盆経に書かれた光景のようにもみえます。


盂蘭盆経は中国で作られたものですので宗派によっては偽経としますが、日本の盆の行事の原点であることは確かです。



地獄に落ちたものが、お釈迦様か僧侶に救いを求めている姿でしょうか。





ここでも地獄の鬼たちから責め苦を受ける凄惨な光景が続きます。





私も幼いころ、お盆にお寺で見た地獄絵に恐れをなした記憶があります。





のこぎりで首を切られているところです。





幼い時にこのような凄惨な場面を見せられたタイの子供たちも恐れをなすでしょうね。





左の女性は槍が胸のところで体を突き破り、左の男性は下腹部を切り取られています。





このような凄惨な場面が延々と続きます。





どうでしょうか。私たち日本人の地獄観と左程変わらないと思いませんか。


我々の地獄観は平安時代中期の僧である恵心僧都源信によって生まれたといわれていますが、タイのものと似ています。



このような姿の大きな像もありました。





これは天然痘にでも罹った姿なのでしょうか。





タイの子供たちも、悪いことをしたらこのようになるよと教えられているのでしょう。





地獄に落ちた人々の像の中に立つ僧侶の姿です。





これはまるで鬼瓦みたいです。





境内にあった仏教徒もキリスト教徒も、そしてイスラム教徒も同じだと書かれた案内板です。



スパンブリー県にある ワット・パイロン・ウア2 をご覧いただきました。


ワット・パイロン・ウア1をご覧になりたい場合は ここ クリックしてください。



続けて ワット・パ・レライ をご覧ください。