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タイとミャンマーとの国境を接するターク県のターク市における 元旦の様子 をご覧ください。



タイのターク県は日本人には余り馴染みがありませんので、タイの地図をご覧ください。

資料映像



ターク市の旧市街の元旦の朝の様子です。旧市街は他にもう一つあります。

この通りを行きますと、突き当たりがタークシン通りです。その右手に タークシン廟 があります。



タイ国旗とプミポン国王陛下のシンボル旗を飾って正月を迎えます。タイ国旗はいたるところで見られます。

政権を取った総理大臣から閣僚の多くが、自国の国旗・国歌の制定に反対する国など世界にありません。



私がいつも泊めていただいた家の二階から眺めたタークシン通りのソイ (小路) 元旦の朝の様子です。





赤い車は、隣の家がブリキ屋さんでして、そこの車です。





熱帯のタイとはいえ、正月前後の期間は朝夕は寒いです。坊やが毛糸で編んだ帽子を被っています。





この坊やもフード付きの防寒服を着ています。熱帯でも新年の前後の期間の朝夕は寒いのです。

寒くてもタイには暖房器具は売っていませんし、伝統としてタイ人は寒い時期でも水で体を洗います。



タークでの元旦は、お坊様への喜捨 (タンブン) で始まります。喜捨するものは主として食べ物です。





朝早くオートバイの後ろへ乗せてもらってソイ (小路) よりタークシン廟の横を走る道路へ向かいます。

正月の人出を見込んで露店が沢山並んでいますが、まだ朝早いので、テントで覆われています



タークシン廟の横の通り (タークシン通り) では、もう合掌して新年を迎える人で一杯です。





朝もまだ十分に明けやらぬ内から善男善女が通りを埋めています。





如何に多くの人たちが喜捨 (タンブン) で新年を迎えるかがわかります。





人出を見込んで風船を売り歩く人もいます。





道路の両側には露店が並び、その前に喜捨する人たちが並びます。





常には広い道路も、露店と喜捨する人で狭く感じます。





道路の真ん中に白や緑色の物が置いてありますね。何でしょうか。





道路の中央分離帯の線のところにビニール袋が置いてあります。





何故このようなものが置いてあるかは後でわかります。お楽しみに。





喜捨するものをテーブルの上に並べている人たちもいます。こういう人たちはどちらかというと富裕層です。





こちらは立ったままで合掌しています。





こちらの人たちは、道路に座って合掌しています。前に置かれたバスケットには喜捨する物が入っています。





露店の前で合掌する人たちです。





ここが郷土が生んだトンブリー王朝のタークシン王を祀る廟です。改装されて立派になりました。

まだ朝明けたやらぬ内ですので、参拝客は少ないですが、喜捨が終わるころには満員となります。



タークシン廟を横から眺めたところです。先に失脚したタクシン元首相とは関係ありません。





これがタークシン廟の改装前の姿です。改装で随分立派になりました。





廟の前では僧侶が読経しており、それが喜捨に集まった人たちにもスピーカーを通して流されます。

それで道路に集まった喜捨 (タンブン) する人たちが手を合わせているのです。



タークシン廟の道路を挟んだ反対側にある学校の広場に集まった近郊のお寺の僧侶たちです。





大勢の僧侶の集まるところにも、ビニール袋を持った人たちがいます。





タークの近郊近在にこれほど多くの僧侶がいたかと思うほどの数です。





ここが新年の喜捨 (タンブン) の出発点となります。





びっくりするほどの僧侶の数です。僧侶は自分んで食べるものを自分で作ることはできません。

ですからタークに住む在家の人たちが僧侶の食べ物を毎日喜捨しているのです。



これだけの多くの僧侶の食べるものを毎日喜捨するということは、容易なことではありません。





僧侶は戒律を守って、自分の食べるものを毎朝托鉢してタークの街を裸足で歩くのです。





まもなく僧侶の托鉢が始まります。喜捨する人々の心も高揚してきます。





老若男女が僧侶の托鉢に喜捨をするのです。尊い行為です。





もう間もなく僧侶の托鉢が始まります。





さあ元旦の日の僧侶の托鉢が始まりました。先頭を歩く在家の人の合掌は ワイ というタイ式の挨拶です。





僧侶は托鉢用の鉢に喜捨された物を入れてもらいます。





僧侶の托鉢は裸足で行われます。僧衣にはいろいろな色がありますので、関心を持ってご覧ください。





老若男女が先を争うように僧侶に喜捨します。





托鉢の僧侶たちが学校の路地 (ソイ) からタークシン通りへ出てくるところです。





路地から広いタークシン通りへ出てくるところですが、在家の人々は先を争うように喜捨します。





あちらからも、こちらからも喜捨する手が僧侶の持つ鉢に伸びてきます。





ここからはタークシン廟の横のタークシン通りです。僧侶に対する喜捨が毎日このようにあるのではありません。

タークはトンブリー王朝のタークシン王の出生地ですので、彼の名を冠してタークシン通りといいます。



僧侶への喜捨は食べ物以外に、お花なども喜捨されます。





タイでは水道の水は直接飲めませんので、ペットボトルの水も喜捨されます。





右側の人はレジ袋に一杯の喜捨するものを持っています。僧侶の手にはマーライ (花輪) が見えます。





このように多くの人々から喜捨を受けますので、小さな托鉢用の鉢はすぐに一杯になってしまいます。





そこで登場するのが、道路の中央分離帯のところへ置かれていたビニール袋の登場です。





喜捨を受けた僧侶は無言のまま通り過ぎます。執着を断ち切るため、お礼はしません。





ここに写っている僧侶の僧衣は、それぞれ色が異なるでしょ。





おや?ここではカメラと僧侶の目とが合ってしまいました。





ここでも僧衣の色の違いに気づかれるでしょう。





手に手にもった籠から僧侶へ喜捨します。





道路では交通整理をする人たちもいます。





この僧侶は青い色の頭陀袋を持っています。





喜捨を受ける僧侶は交通整理の人の案内で動きます。





何人もの人たちが交通整理をしています。大きな情事になりますと必ずそれを支える人たちがいるのですね。





ここではお花の喜捨を受けています。





裕福な人たちは裕福なりの喜捨をします。





歳のいった僧侶はこういった色目の僧衣が多いです。





ここでは僧衣と同じ色目の頭陀袋にお花の喜捨を受けています。





子供もこのように喜捨して、タイの伝統を身に付けていきます。大事なことですね。





僧侶の中には小僧さんもいます。この時期は結構寒いのですが托鉢は裸足で行います。





この僧侶の持つ托鉢用の鉢は大きいのですが、すぐに一杯になってしまいます。





そこで中央分離帯に置かれていたビニール袋へ喜捨されたものを移し替えるのです。





この時期は寒いのですが、この僧侶は片方の肩を出して僧衣を身に付けています。





右側は喜捨された物で一杯になった托鉢用の鉢の中身をビニール袋へ移し替えているところです。





ここでは小僧さんが続きます。僧侶は噛んで食べるものは午前中しか食べられません。





食べ盛りの小僧さんには辛い戒律でしょうね。小僧さんとはいえ、出家者の定めです。

小僧さんが肩から掛けているものは、袈裟です。日本の袈裟とは大分違います。



小僧さんも喜捨されたもので一杯になった托鉢用の鉢からビニール袋へ移し替えます。





このように元旦の托鉢では、陰でこれを支える人たちも大勢います。





子供が小僧さんに喜捨しています。小僧さんだからいって軽んじたりはしません。





大人も小僧さんに喜捨します。小僧さんといえども出家者です。





タークシン通りは喜捨する人で溢れています。タイ人の仏教に対する思いが伝わってきます。





この女性の持っているものは、小さなビニール袋に入れた生のお米です。





このお坊様の法衣は派手なオレンジ色です。このような色目の法衣を着るのは若い僧侶に多いです。





在家の人の喜捨の熱意が伝わってきますね。通常の托鉢ではこのようなことはありません。





このように多くの在家の人々が並んで僧列の来るのを待ちます。





如何に多くの在家の人々が、僧侶の行列を待っているかです。





それぞれができる範囲の喜捨するものを持ち寄って、僧侶にタンブンします。





通常は広く感じるタークシン通りも元旦だけは狭く感じます。





やっと待ちに待ったろ僧侶の一団がやって来ました。





タークへ行くといつも世話になる連中です。カメラを向けたらVサインで応じてくれました。





突然救急車がやって来ました。





気分の悪くなった人がいて、病院へ搬送です。





救急車の内部です。日本の救急車と左程かわりません。





救急患者の搬送で、お巡りさんもやって来ました。





患者の付き添いの人も乗って病院へ直行です。タークにはタークシン病院という大きな病院があります。





さあ救急車が病院へ出発です。大したことがないといいのですがね。

タイの救急車は病院や慈善団体が保有しており、日本のように自治体は関与していません。



救急車の横でまだ喜捨が続きます。





皆が救急車の方を見守っています。タイ人の心は昔の日本人と同じです。





救急車がタークシン通りを曲がって行きます。しかしタンブンは続きます。





このように僧侶の持つ托鉢用の鉢はすぐに一杯になってしまいます。





鉢から溢れそうなタンブンの品々です。中央の僧侶の持つ托鉢用の鉢は白い色です。





この僧侶の持つ托鉢用の鉢は黒い色をしています。托鉢用の鉢にもいろいろな色目があります。





僧侶にタンブンするには、大勢の人をかき分けてしなければならず大変です。





笑顔でタンブンです。子供もちゃんとみています。伝統の伝承は大事なことです。





托鉢用の鉢からお線香が出ていますが、お線香にはお札が挟んであります。





このように僧侶にタンブンするには、先を争ってしないとできないほどの人混みです。





僧侶へのタンブンも始まってから時間が経ちましたので、後ろの見える露店も店を開けたようです。





僧侶の托鉢の列が続きます。





ターク県はミャンマーと国境を接していますので、陸軍の駐屯地があり、年によっては軍も出動します。

ここからの写真は、この年の元旦でのものではありません。別の時に撮影したものです。



軍人と在家の人たちとの挨拶の模様です。タイでの正式な挨拶は ” ワイ ” という合掌形式です。

勿論タイでも軍人同士とか軍事教練や軍事パレードの時は片手による敬礼となります。



この年は軍も応援に出まして、南京袋で喜捨されたものを集めていました。





若い軍人が僧侶の托鉢の鉢から喜捨されたものを南京袋へ移し替えるお手伝いです。





さすが軍人ですからきびきびとした動作で行動していました。





このように在家の物から喜捨されたものは南京袋で車に乗せられます。





迷彩服に身を固めた軍人が元旦から喜捨の行事のお手伝いです。





ベレー帽を被った若い軍人たちです。陸続きで何回も戦争の経験をしているタイは、今も徴兵制があります。





この写真はバンコクの大理石寺院にあるベレー帽をかぶった若い兵士の墓です。合掌。



今回はタイの地方における元旦の様子をご覧いただきました。仏教の伝統がまだ生きています。

タイの地方における元旦の様子は、 まだまだ続きます。 次回の更新をお楽しみにしてください。



続けて タイの元旦その2 をご覧ください。