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ロップーリーで一番の名所である プラ・プラーン・サーム・ヨート をご覧ください。


線路の向こうにプラ・プラーン・サーム・ヨートがみえます。こちら側は駐車場です。



プラ・プラーン・サーム・ヨートの横の線路をジーゼル車に引かれて走る列車です。





踏切を渡って プラ・プラーン・サーム・ヨート へ歩いて向かうところです。


13世紀に当初ヒンドゥー教寺院として建てられたのが、後に仏教寺院として改められた遺跡です。



遺跡は町の中にあり、すぐ横を鉄道が走っています。赤と白に塗られた遮断機がみえます。





このすぐ近くにロッブリー駅があります。





これがロッブリー駅です。なかなかモダンな建物です。タイでは方々で国旗が掲揚されています。





駅の横には猿の町といわれるだけあって、大きな猿の像が鎮座していますが撮り忘れました。





ロッブリー駅の切符売り場です。





ロッブリー駅の内部です。乗ったことはないのですが、時刻表通りには運行されてないようです。





踏切のすぐ横にあるサーン・プラ・カーンというお寺です。





踏切の赤と白の遮断機越しに眺めたサーン・プラ・カーンです。後ろに黒く丸いものが写っています。





手前が1951年に建立された新しい寺で、奥に丸く見えるのが、クメール時代に建てられたものです。





サーン・プラ・カーンの内部です。ここは当初、ブラフマー神を祀ったところだそうです。


ブラフマー神とはヒンドゥー教の最高神で、世界の創造と次の破壊の後の再創造を担当しているのだそうです。



町の真ん中に、でんと構えるプラ・プラーン・サーム・ヨートです。


ISUZUと書かれたピックアップ車が走っていますが、タイでのISUZUは人気のある車です。



鉄道方面から行って、移動しながらプラ・プラーン・サーム・ヨートを撮っています。芝生がきれいです。





遺跡の周りは塀で囲まれています。こういったクメール様式の仏塔を 「 プラーン 」 といいます。





移動しながら柵の外から撮ったプラ・プラーン・サーム・ヨートです。これは裏手になります。





交差点から少しアップして眺めたプラ・プラーン・サーム・ヨートです。





このような塔はピマーイ遺跡や、カンボジアのアンコール・ワットと同じ流れを汲むものです。





プラ・プラーン・サーム・ヨートの案内板です。


プラ は尊いものに付ける語で、 プラーン クメール様式の仏塔 で、 サーム 三つ ヨート 素晴らしいと

か最高の
という意味です。 したがって、 『 尊く素晴らしい三つのクメール様式の仏塔 』 という意味になります。



ロッブリーは別名 「 猿の町 」 といわれているほどですから猿が方々にいます。





三つの塔は繋がっています。こちらが鉄道側に向いた面です


三つのプラーンは、ヒンドゥーのブラフマーヴィシュヌシヴァの三位一体を象徴したものです。



こちらが鉄道側からみると裏手になります。猿の姿も見えます。





これはカンボジアノのアンコール・ワット遺跡群の一つですが、似ていませんか。





少しプラーン(クメール様式の仏塔)へ少し近づいて撮ったところです。





裏手から更にプラーンへ近づいたところです。





画面一杯に撮った裏手の姿です。





これはピマーイ遺跡の仏塔です。似ていますね。これもクメール様式の仏塔です。


9世紀〜15世紀頃までにカンボジア起こったクメール王朝は、タイ東北部からラオス、ベトナムにまでに及ぶ大帝国でした。

その大帝国が侵略によって滅び、フランスの植民地となり、 大東亜戦争後はポルポト政権による内戦へと続き、世界の最貧

国の一つと成り果てました。 日本もうかうかしていますと、中国に侵略され明治維新後の繁栄も夢幻で終るかもしれません。



道場主の ” 憂国の思い ” のすべては、 ここ をクリックすると順次ご覧いただくことができます。


21世紀の激流の中で、この国の近未来を描いた 売国おとぎ噺  も是非お読みください。



これもピマーイ遺跡の中央塔を中心に撮ったものです。





これは鉄道側から眺めたプラーンです。この三つの仏塔は当初ヒンドゥー教の寺院でした。





少しだけアップしたところです。それがナーライ王の時代(17世紀)に仏教寺院に改められました。





掃除をしている光景です。観光立国だけあって、遺跡の維持管理はなかなかのものです。





さらにアップしたものです。三つのプラーンが連結されているのがよくわかります。





鉄道側から眺めると、仏塔の前に建物の跡が残っています。猿の姿もみえます。





プラーンへの出入り口のアップです。





出入り口の下にあった彫り物です。





これはピマーイ遺跡にあった彫り物ですが似ていますね。





プラーンの裏手(鉄道とは反対側)へ回ったところです。





こうして眺めますと、クメール王朝の勢力がタイの地にも影響をあたえていたことがわかります。





プラーン(仏塔)の境内は実に手が入っていてきれいです。





プラーンへの出入り口を斜めから撮ったところです。





少し位置を変えて撮ったプラーンへの出入り口の様子です。





プラーンへ入って出入り口から外を眺めたところです。





これはプラーンの中にあった女性器の象徴であるヨニです。





これもヨニですが、台座があります。





プラーンの中にある首のない仏像です。ヒンドゥー教寺院から仏教寺院に改められた名残です。





首のない仏像を後ろから眺めたところです。





プラーンの内部の様子です。特段見るべきものはありません。内部には照明もありませんでした。





三つの仏塔の前にあった建物の合間から眺めた仏像です。





すこしだけアップしたところです。掃除をする人も写っています。





白い服装の人は、遺跡の清掃をしている人ですが、猿も一緒に写っています。





中央塔のアップです。





裏手から撮った右端の塔です。





猿が入らないようにしてあるのか、鉄柵があります。





なにかこちらが檻に入れられたような感じがします。





猿は人間の持つ食べ物を狙っていますので、食べ物は見せないようにすることが大事です。





仏塔の上部です。やはりナーガが彫られています。





少し位置を変えて撮ったところです。





お腹の大きな猿に他の猿が毛繕いをしている微笑ましい姿です。





この猿は子供をお腹に抱いています。ロッブリーでは毎年猿祭りがあり、猿に食べ物を捧げます。





町の中にも猿がいます。時には悪さもされるのでしょうが、人間と共存しています。


ロッブリーの町にある プラ・プラーン・サーム・ヨート をご覧いただきました。



続けて ワット・プラ・シー・ラッタナー・マハタート をご覧ください。