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タイ中部にある 猿の町として有名なロッブリーの遺跡 1 をご覧ください。


ロッブリーの旧市街の様子です。新市街はここから少し離れたところにあります。



典型的なタイの地方都市の町並みです。日本のコンビニの看板も見えます。





アメリカ系の日本人にもお馴染みの看板も見えます。





ロッブリーで食べたタイ式ラーメンです。タイ人は一度に沢山食べませんので量は少な目です。





お店の前に張られた幕です。こんなところで日本の城や桜がみられるとは思ってもみませんでした。





道路の突き当たりに立派な門が見えてきました。





城壁の様子です。





これは城壁の横に飾られていたものですが、鳥の巣だそうです。珍しい形をしていますね。





プラ・ナーライ・ラーチャニーウエート宮殿跡の城壁には、案内板がありました。


現在では宮殿跡が国立博物館になっています。



17世紀に建てられたものですが、設計はクメール様式の影響を受けたフランス人の設計だそうです。





宮殿内部の城壁の様子です。戦争を意識した堅固な防御だったと窺えます。





この博物館の中心的なピーマン・モンクット宮殿跡の案内板です。





この宮殿の中心部分の光景です。





内部は今では廃墟になっています。左に案内板が見えています





案内板には水のタンクだと書かれていました。





それの少しアップをしたものです。右側にはイベント用の照明設備が写っています。





これもタンクの案内板近くの様子です。照明設備があったところの裏側です。





上の写真の反対側方向を撮ったところです。左端に照明設備がみえています。





遺跡の庭の芝生の手入れをしているところです。博物館内部は実にきれいに整備されています。





水タンクと書かれた案内板付近の建物の様子です。





遺跡となった建物の内部です。夜間照明のランプが左下に見えます。





遺跡となった建物の向こうに立派な門が見えています。





内部にある城壁の様子です。レンガ造りですが、タイでは今も建築にはレンガが使われています。





堅固な守りに囲まれていても今は廃墟となっています。





門に少し近づいて撮ったところです。





何かのイベントでもあったのか、門の前には飾りが見え、門からは垂れ幕が下がっていました。





門の奥にはタイの国旗が何本も見えています。





更に近づいて斜めから門を撮ったところです。堅固な板戸が設置されているのがわかります。





門をくぐってから振り返って眺めたところです。門には穴が幾つもありました。





城壁の下にあった出入り口のようなところです。





ドゥシット・サワン・ターニャ・プラサート・ホールと書かれた説明板です。





城壁をくぐった突き当たりの眺めです。





ドゥシット・サワン・ターニャ・プラサート・ホールには国旗が飾られ、荘厳の飾りも見えます。





この建物は、ナーライ王が、外国の大使らと謁見するために建てたものです。





その内部です。お荘厳されています





お荘厳のアップです。





お荘厳の中心部のアップです。二つの像が両側にあり、上部には仏像のような姿も見えます。





その横に立つ像ですが、ナーラーイ王の銅像だと思います。





少し離れて斜めから撮ったところです。





ドゥシット・サワン・ターニャ・プラサート・ホールの建物の窓の様子です。





これもドゥシット・サワン・ターニャ・プラサート・ホールの内部です。





ここはドゥシット・サワン・ターニャ・プラサート・ホールの階段の跡です。





ドゥシット・サワン・ターニャ・プラサート・ホールの窓の様子です。





これらの窓はフランス様式とタイ様式の方形窓の折衷様式だといわれています。





スコールや強い日差しで真っ黒く変色した壁の様子です。今は全くの廃墟です。





レンガがむき出しになったところもあります。





建物の周りには、各所に門があります。





その門を下って外から眺めたところです。堅固な守りだったとわかります。





やはりこの門の様式はタイでも独特な形をしています。





戦いに備えての、城壁の守りです。壁に彫られた沢山の穴は何の目的なのでしょうか。





城壁と門とを遠くから眺めたところです。





付近の様子です。





城壁の門と並木がきれいです。





チャントン・ピサーン宮殿の案内板です。


ナーラーイ王殿下がお住まいとして建てられたものだそうです。



真ん中に仏像の座像が、両側に立像が配置されています。





まさに兵どもが夢の跡ですね。





創建当時の壮大さを思わされます。





木立の間から撮った廃屋となった館の跡です。





ここには規模の小さい門がありました。





博物館から少し離れたところにあるチャオ・プラヤー・ウッチャン・ハウスの案内板です。





ここはナーラーイ王がフランスのルイ14世からの大使用に建てられたものです。





ここには住居跡とカトリックの礼拝堂、それに宿泊所の三つからなるそうです。





ここは宿泊所でしょうか。





中央の屋根の尖った形から礼拝所跡でしょうか。





ほとんど廃墟となっています。





ここは住居跡でしょうか。





タイの遺跡はある程度修復を行ったところと、廃墟のままのところがあります。





レンガがむき出しのままになっています。





ガイドなしの貧乏旅行ですので、どの建物がどれに対応するかはよくわかりません。





この穴は何でしょうか。井戸の跡なのか、池だったのでしょうか。井戸なら深さがないですね。



ロッブリーにある遺跡の一部をご覧いただきました。ロッブリーにはまだまだ多くの遺跡があります。



続けて プラ・プラーン・サーム・ヨート をご覧ください。